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浦和地方裁判所 昭和38年(ヨ)13号 決定 1963年2月15日

債権者 増田義雄

債務者 有限会社 昭和交通

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は、「債務者は、別紙物件目録記載の各書類を債務者会社において、営業時間内にはいつにても、債権者又はその代理人に対して、閲覧謄写させなければならない。」との裁判を求め、その申請の理由として、

一、債務者会社は、資本金三、〇〇〇、〇〇〇円(一口一、〇〇〇円、三、〇〇〇口)のタクシー会社である。

二、昭和三七年一一月七日債務者会社の社員で取締役であつた申請外内田武雄は、同人の持分四〇〇口を債権者に譲渡する旨、債務者会社に通知し、同月二二日右四〇〇口を債権者に譲渡した。

三、しかるに、債務者は、社員として定款及び社員名簿に記載されている右内田武雄に社員権はなかつたと主張し、従つて債権者の社員としての地位を否定して、帳簿書類等の閲覧を拒絶している。

四、債務者会社は公共性の強い事業は公益性の強い事業であり、社員としても会社の経営内容を十分に知る必要があるのであるが、債務者代表者は、社員外の従業員原田某と共に独断にて事業経営に当つており、議事録の変造、帳簿書類の改変等のおそれがあるので、有限会社法第二八条、第四四条の二に基き、社員名簿、社員総会議事録及び会計の帳簿、書類の閲覧謄写の本訴を提起すべく準備中であるが、本案判決までに相当の期間を要し、その間に変造等の危険もあり、又その間、会社の経営内容を知り得ないことになれば、帳簿閲覧の結果に基く社員権の行使は不可能又は著しく困難となるので、ここに本申請に及んだ。

と述べた。<疎明省略>

債務者代理人は、主文第一項同旨の裁判を求め、答弁として、

一、そもそも、仮処分によつて帳簿等の閲覧謄写が許されるものとすれば、債権者はこれによつて本案の訴訟において勝訴の判決を得たのと同様の目的を遂げることになり、保全の目的を逸脱するのみならず本案訴訟において債務者が勝訴しても最早原状回復は不可能であるから、仮処分の仮定性にも反する。よつて一般論としても、右のような仮処分は許されない。

二、申請外内田武雄が昭和三七年一一月二二日当時、債務者会社の社員であつたことは否認する。従つて、債権者は、社員ではない。

三、のみならず、債権者は債務者会社の社員名簿に記載されていないから有限会社法第二〇条により、債務者に対して社員であることを対抗できない。

四、債権者は、債務者会社を潰してみせると放言したこともあり債権者が、本件仮処分申請に及んだのは、他の自動車会社から依頼を受けて債務者会社の営業を妨害せんがためであることは明らかである。

よつて債務者は、有限会社法第四六条、商法第二九三条の七により、債権者の閲覧謄写請求を拒否し得る。この点からも本件仮処分は理由がない。

と述べた。<疎明省略>

理由

債務者会社が、資本金三、〇〇〇、〇〇〇円のタクシー会社であることは、債務者が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

ところで、成立に争のない疎甲第一号証、第六号証によれば、債務者会社設立の当時は、申請外内田武雄が債務者会社の社員であつたことが認められ、その後昭和三七年一一月二二日までに同人が社員を辞職したことを認めるに足る証拠はない。しかも、成立に争のない疎甲第二号証、第四号証によれば、同月七日に内田武雄は社員権(持分四〇〇口)を債権者に譲渡する旨を債務者に通知した上、同月二二日に債権者に譲渡したことが認められ、これを覆すに足る疎明はない。これに対し、債務者は、債権者は債務者会社の社員名簿に記載されていないので社員として扱うことはできない、と主張するのであるが、会社が正当の理由なくして社員名簿の名義書換の請求に応じない場合には、会社は名義書換がないことを以て、社員権の譲受人が未だ社員ではないことを主張することはできないと解するのが相当である(大判、昭和三年七月六日、民集七巻八号五四六頁参照)。従つて債務者が名義書換を拒むにつき正当事由があつたものとは認められない。本件においては、債権者を一応社員として認めるべきである。

そこで、帳簿等の閲覧を仮処分によつて認容することができるか否かについて判断する。かかる仮処分が許されると解すると、債権者は本案訴訟で勝訴したので全く同一の目的を達してしまい、本案訴訟を必要としなくなるのみならず、法律的にみて全く原状回復の余地のない仮処分を認めることになつて、債権者は完全な終局的満足を得てしまうことになるから、かかる仮処分は許されない、との見解があるが、一般に満足的仮処分においては、権利の実現が遅きに失する危険を除去するために権利を暫定的に実現することを目的とするのであつて、本案訴訟で勝訴したのと同一の権利関係を実現することが正に必要なのであり、又、仮処分の仮定性についても、原状回復を厳格に解するのは妥当ではなく、不当利得或いは損害賠償の法律的可能性の存することを以て足ると解すべきであるから、帳簿等の閲覧謄写についても、必要性が存する限りは、仮処分を許容すべきものと解するのが相当である。

そこで本件仮処分申請についてかかる必要性が存すかについて按ずるに、債権者は債務者代表者は原田某と共に経営を独断で行つているとか、帳簿等の改変のおそれがあると主張するが、帳簿書類等の閲覧謄写の仮処分は満足的仮処分であるから、必要性については特に厳格に解すべきところ、本案判決に至るまでに閲覧謄写しないことによる損害、理由なる帳簿書類等を改変する明白なおそれの存在について仮処分を必要とする点についての疎明があるとは言えない。

要するに、本件仮処分申請はその必要性についての疎明がなく、かつ保証をもつて右疎明にかえることも適当でないと認め、本件申請を却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 篠田省二)

別紙

物件目録

一、有限会社昭和交通社員名簿

二、右会社社員総会議事録

三、右会社の昭和三五年度、同三六年度、同三七年度の各会計の帳簿及び書類

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